この記事は、「”フツーの人”のまちづくりの学校in長崎2022」の卒業生における、マイプラン実現を紹介します。1人目は、波佐見町地域包括支援センターの久保田渚紗さんです。久保田さんのマイプランにまつわるモヤモヤや実現にいたった背景などを、ストーリー仕立てでご紹介します。特に、下記のような方に役立つ記事となっています。
- 地域に関する仕事や取り組みをしているけど、何かうまくいかなくてモヤモヤしている
- 自分が何をしたいのか、何ができるのか、うまく言語化できない
- まちづくりについて、実践された事例を知りたい
久保田さんは、子どもも障害者も高齢者も、分野を超えて色々な人を含めた「ごみ拾いさんぽ」を企画・実行されました。総勢60名の方々が参加したマイプラン。みんなが笑顔で大成功に終えることができました。しかしこれまでの久保田さんは、決して順風満帆ではなかった。そんな久保田さんが、どのように今回のマイプランを企画・実行できたのか。「”フツーの人”のまちづくりの学校」の受講から遡って紐解いていきます。
読み終えたあと、「”フツーの人”のまちづくりの学校に興味が湧いた」とか、「マイプランについて詳しく訊きたい」などの感想がありましたら、お問い合わせよりお知らせいただければ幸いです。
※「マイプランって?」「まちづくりの学校って何を教えるところ?」など、”フツーの人”のまちづくりの学校については、下記記事をご参照ください。記事の中にはプレセミナーのYouTube動画も掲載していますので、合わせて観ていただくと理解が深まると思います。
「子どもの頃に楽しんだごみ拾いさんぽで、普段関わりのない人たちが交流できる機会をつくりたいです」
2023年11月4日。場所は長崎県東彼杵郡波佐見町の「やきもの公園」。この日は11月にしては気温が高く、半袖で参加される方もちらほら。天候にも恵まれ、絶好の「ごみ拾いさんぽ」日和となりました。
参加された方は約60人。1歳から96歳の方々にお集まりいただきました。その中には、子ども・障害者・高齢者など、いわゆる分野ごとの縦割りではなく、色々な方々が参加しました。当日の流れは下記の通りです。
- 9:30 集合、説明
- 10:00 グループごとに自己紹介、グループ名をつける
- 10:15 ごみ拾いさんぽ
- 11:15 ごみを集めてアート作品を制作
- 12:00 解散
終始和やかな雰囲気で進行されていました。これも久保田さんの人柄によるものだと感じました。その中で、僕が素敵だな、と思ったルールが一つ。それは「ごみ袋は一番後ろを歩く人に持ってもらうこと」。早く歩く人がごみ袋を持ってしまうと、後ろの人がごみを拾っても袋に入れることが難しい。それだと、コミュニケーションが取りにくくなります。
このルールを設けたことで、「はい、どうぞ」「ありがとう」のコミュニケーションが生まれていました。子どもが走ってごみを拾い、後方でごみ袋を持っている高齢者や障害者のほうへ戻り、一言声をかけて袋へ捨てる。このやり取りを何回も続けることで、一緒にごみを探したり、「このごみも入れていい?」などの共同作業が見られるようになりました。
「ごみ拾いさんぽ」は、ごみを拾って地域の環境美化を図りましょう、ではなく、人と人との交流が生まれることでお互いを知って、差別や偏見をなくす社会へつなげていこう、ということを最大の目的としています。「ごみ拾いさんぽ」を通じて、自然とコミュニケーションを取れる仕掛けづくりは、地域共生社会の実現に向けた取り組みになっていたと感じました。
拾ったごみで、マリリンモンローを着飾ってみた
「ごみ拾いさんぽ」でさらに素敵だったのが、拾ったごみでマリリンモンローを着飾ったところ。2グループに分かれて、各々モデルになっているマリリンモンローにどんなごみが似合うのか、もちろん置く場所も考えながら貼り付けていきます。完成したとき、「ごみがごみでなくなった」と参加者の1人で話されていたのが印象的でした。
この取り組みの際も、子どもと障害者とのコミュニケーション、高校生と高齢者とのコミュニケーションなどなど、楽しそうな会話が聞こえていました。ある障害者が割れた陶器を置こうとした際、どこに置いていいのかわからずその場で止まっていると、周囲の子どもたちが「ここがいいと思うよ」と声をかけ誘導していました。それがなんとも自然な会話に。
このようなやり取りは、普段の生活ではなかなか体験できません。それは分野ごとに縦割りされているから。関わる機会がほとんどないため、どんな人かわからないから、どのように接していいのかも戸惑ってしまう。結果、「何を話せばいいのかわからない」とか「なんか怖い」という、自己完結型のレッテル貼りになり、偏見や差別につながってしまうのではないでしょうか。
今回の「ごみ拾いさんぽ」では、①ごみを拾いながら散歩することと、②アート作品の制作、の2つのイベントを通して、色々な人が交わるコミュニケーションの場を、自然と作られたのだと思いました。
【福祉×環境×観光】掛け算によるまちづくりができた
さらに「ごみ拾いさんぽ」は、サスティナブルイベント「HASAMI no WA」とのコラボレーションも実現したイベントになりました。サスティナブルとは、「持続可能な」「維持できる」という意味を表します。波佐見町では陶器産業が盛んですが、陶器を制作する上で石膏型の処理が問題でした。そこで、この廃石膏を環境に配慮しながら、別のものに再利用する事業を展開しています。取り組みの例は下記の通りです。
- 石膏型を利用したプランターづくり
- 再生石膏粉の土壌改良(肥料)の開発
サスティナブルによって、社会面や環境面に配慮した「循環のわ」が構築されます。ここに「ごみ拾いさんぽ」を掛け合わせて、ただごみを拾うだけではなく、アート作品を制作することで、みんなが楽しめるイベントに変化しました。
しかし、最初から「サスティナブルイベントとコラボしよう」と考えていたわけではなかったと、久保田さん。まちづくりの学校の卒業生へ相談したり、波佐見町観光協会の同期職員にマイプランを語ったりすることで、「マリリンモンロー」というキーワードが出現し、さらに波佐見町商工観光課の「サスティナブルイベントでイベントしたい人いませんか?」のインスタグラムの記事に手を挙げたことで、「マリリンモンローを着飾ってみた」が生まれたというストーリーがあります。このように環境や観光分野を巻き込むことで、「福祉×環境×観光」という、新しい幹が誕生したことで、久保田さんにとっても、地域にとっても相互作用的なマイプランとなりました。
これらのストーリーを紐解くと、久保田さんが1人でずっと思考を巡らせ、カリスマ的に実行したわけではなく、おおよその「こんなことをしたい」という幹となる部分をイメージし、それを手探りながらも他者に話すことで、周りから色々なアドバイスや行動をしてくれるようになったと感じます。ここがまちづくりや地域での取り組みにおいて、ポイントになるところだと思いました。1人で抱え込まず、まずは語ってみる。そして、アドバイスや意見に対して対話を試みることで、応援団が形成されるのではないかと考えます。
「まちづくりの学校に入る前は、孤独で自己肯定感が低かったと思います」
「福祉×環境×観光」の掛け算、大勢の協力者たち、何より参加者が終始笑顔で終えた「ごみ拾いさんぽ」ですが、このマイプランを企画する前、いや、「”フツーの人”のまちづくりの学校」を受講するまでの久保田さんは、自分で自分を否定してしまう人でした。ここからは「ごみ拾いさんぽ」が誕生する前の、久保田さんのモヤモヤを中心に書いていきます。
僕と久保田さんとは1期生の同級生。まちづくりの学校以外の時間でも、お互いのマイプランの相談や、Social Good Circleを共同開催してきた仲間です。※Social Good Circle(もやもやダイアローグ)については、下記の記事をご参照ください。
そんな久保田さんとの関係性から、今回のマイプランを企画・実現するにあたって、様々な試行錯誤を目の当たりにしてきました。その試行錯誤(モヤモヤ)は、まちづくりの学校に入る前から始まっていました。久保田さんが抱えていたモヤモヤは下記の通りです。
- 職場には社会福祉士が私しかいない
- 年数ばっかり経って、仕事ができているのか自信がない
- 「私がじゃなったらうまくいくのに」と積もっていく不安と自己嫌悪感
- 地域づくりに対する漠然とした不安
Social Good Circleの打ち合わせでも、こんなことを話されていました。
まちづくりの学校に入る前は、孤独で自己肯定感が低かったと思います。
これを訊いて、久保田さんのモヤモヤは、久保田さんだけではないようだと思いました。同じ言語で語り合えない仲間がいない、または少ない場合、仕事で失敗したりうまくいかないと思っていると、孤独感を募らせることが多々あります。この孤独感が増大すると「私って何もできない…」などと自己嫌悪に陥ってしまう。バーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こす要因にもなります。久保田さんとも振り返った際、①モヤモヤを語れることと、②小さな成功体験を積み上げること、この2つがバーンアウト予防に必要だと共有しました。
まちづくりの学校に入って、自分をベースに考えるようになった
自分を自分で否定していた久保田さん。そんな久保田さんが、まちづくりの学校に入って、自分をベースに考えるようになりました。それはなぜか?以下は久保田さんの語りです。
”フツーの人”というのが、こんな自分でもできそうかな、と思えるフレーズでした。それで受講を決めました。講師の先生方に個別面談をしてもらったことは、今の自分に大きな影響を与えています。私のモヤモヤを受容してもらったことで、自分で自分を否定している「自分」を認めることができ、さらにSocial Good Circleで語り合える仲間に出会えたことで、孤独から抜け出せたような感じを、今は抱いています。
久保田さんにとって、語り合える「仲間」の存在は大きな影響を与えていることがわかります。孤独から抜け出すことで、自分のストレングスポイント(強み)に気づくことができる。今まではそんな余裕もなかったのだと思います。その後、マイプランを企画するにあたって、「自分は何をしたいのか」を問い続けた結果、「ごみ拾いさんぽ」という企画が誕生しました。
本当に私にできそうなこと、無理なく自分も楽しく出来そうなことを考えていったら「ごみ拾いさんぽ」だった。
マイプランである「ごみ拾いさんぽ」を終えて、久保田さんへ尋ねてみました。
なぜ、このマイプランを企画しましたか?
本来、地域で一緒に暮らしているはずの障害者や高齢者ですが、福祉サービスが充実したことで、地域から見えなくなったと思います。そこには支援が必要だと思いますが、かといって、福祉の専門家しか介入できないのはおかしい。差別や偏見が消えるのは、実際に関わったり体験することが大切なのでは。子どもも、大人も、障害や病気を抱えていても、一緒に楽しいことをして自然な交流ができる場を作りたいとイメージしていました。そんな風に、私にできそうなこと、無理なく自分も楽しくできそうなことで交流できること・・と考えていったら、日頃から一人で楽しんでる『ごみ拾いさんぽ』をしたいと思いました。
マイプランの企画・実行するうえで、難しかったことはありますか?
企画した意図を人に伝えること。言語化することが難しかったです。
マイプランを企画・実行するうえで、協力者(応援団)はどのような方々がいますか?また、どのように協力を依頼しましたか?
まちづくりの学校の関係者、県社協、観光協会の元同期、商工観光課、波佐見町社協、サスティナブルイベントのコンサルタント、町内の医療介護施設、ママ友、波佐見町役場職員、仕事で知ってる理学療法士。『仕事とは別の個人でこんなことがしたい。一緒に遊んでくれませんか?』と声をかけました。インスタグラムの呼びかけに手を挙げたことも、ポイントの一つです。
今後の展望を教えてください。
年1〜2の定期的なイベントに出来たらいいなぁと思います。もっといろいろな施設の人と一緒に出来たらいいな。
取材を終えて
久保田さんの話を訊いて、「本当に私にできそうなこと、無理なく自分も楽しく出来そうなことを考えていったら『ごみ拾いさんぽ』だった」というフレーズが印象的でした。僕もそうですが、ついつい「クライエントのため」「利用者のため」「地域のため」と言って、何かをするにあたって他者が主語になりがちです。そこで無理をして企画・実行すると、自分にストレスがかかって、バーンアウトする可能性が高くなります。そのような感情に陥った福祉職の方々を僕は見てきました。僕自身も同じような経験があります。
「”フツーの人”のまちづくりの学校」を受講し、「私は何をしたいのか」「私に何ができそうか」と、自己思考を繰り返しすることで、結果的に、自分へのケアにつながっていく。久保田さんも同じような経験をされたと感じます。自分を見つめ直したからこそ、「ごみ拾いさんぽ」というマイプランが誕生したのです。それは、決して自分を追い込むようなプランではないため、無理なく、さらに考えを巡らす余白があるから、応援団の形成にも自ら声をかけれたのかもしれません。
改めて、マイプランの実現には「応援団」の存在は必要不可欠だと認識しました。久保田さんがおっしゃっていたように、「仕事とは別の個人でこんなことがしたい。一緒に遊んでくれませんか?」と、自らしたいことを人に語って、関わってもらえるような声かけをする。それを繰り返すと、自然と応援団が形成されることを、久保田さんが実践されていたのだと思います。
今後も「”フツーの人”のまちづくりの学校」を卒業した受講生のマイプラン実現を、紹介していきます。この記事を読まれて、似たようなまちづくりをされている方、協力したいという方がいらっしゃれば、お問い合わせよりお知らせいただけると幸いです。
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