「教えてもらう」ことの大切さ

4月のSocial Good Circleで印象に残ったことは、「クライエントから教えてもらう」ことの大切さを再認識したことだった。

僕は他者をありのまま、全てを理解することは不可能だと思っている。「あなたのこと、わかります!」と満面の笑みで伝えるソーシャルワーカーに対して、僕は「わかるのか…すげぇな…」と驚く。ソーシャルワーカーという職を始めて10年。クライエントのことを知りたい、理解したい、と思い続けているが、一向にわからないことだらけである。

なぜこんなにもわからないのか。もちろん僕の面接技術やアセスメント能力の稚拙さはあるのだが、人には「圧倒的な個別性」があるからだと僕は見ている。生まれた日・時間・場所・家族・住まい・話した人・尊敬する人・嫌な人・学校・職場・訪ねた場所などなど。完全な瓜二つの経験をした人はこの世にはいない。自分は自分なのだ。さまざまな経験をすることで、人それぞれ個別性が形成される。

そんなふうに思っているから、「あなたのこと、わかります!」と言ってしまうのは、おこがましいと僕は思う。「そもそもクライエントのことは理解できないのだ」と理解している。とはいえ、それではソーシャルワーカーの職責を果たすことができない。さて、困った…どうするべきか。

そこで一つの方法をやってみるのが、「お尋ねしながら訊く」ということ。要するに「あなたのこと、全然わからないので教えてください」ということ。しかし単なる聞き役ではない。こちらからお尋ねするのだ。尋ねたことに対して返答があれば、それはなぜそう思ったのか?どうしてそんな経験をされたのか?と、こちらが要約することなく、ありのままを訊いていく。もちろんクライエントによっては話している内容が右往左往するし、起承転結なんてもってのほか、というようなまとまりのない語りもあるだろう。それでも訊くしお尋ねする。

もちろん訊いていくには時間を要する。聞き役のソーシャルワーカーはヤキモキするしソワソワもするだろう。でもその時間は「忍耐」ではない。クライエントとソーシャルワーカーの関係性を構築していくための大事な時間。忍耐として捉えてしまうと、身体のあらゆる部位から「私はいま耐えている」という黒いモヤモヤしたものが出てくる。私は感情を分離できる、と思ったとしても出るものは出る。僕はそう信じている。

その黒いモヤモヤは、クライエントも敏感に察するし感じ取る。そして諦めの表情を出すだろう。「なんだ、あなたも他の人と同じか」と。

クライエントによっては、支援者からさまざまな抑圧を受けてきた人がいる。やっとの思いで相談したが話半分にしか聞いてくれなかった。「私の担当ではない」と言われ、相談先をたらい回しにされた。自分の行動に対して「それはあなたが悪い」と否定された。そのようなパワーレスに陥るような負の経験をしてきて、やっとあなた(ソーシャルワーカーの私)に出会えて、それでもあなたは話訊いてくれなかったら…。

僕は話を訊く際、「主語をクライエントへ」と一旦唱える。ソーシャルワーカーとして、クライエントを主語にして話を訊くのは当たり前だが、時間が長くなると主語を見失う。なぜか。主語が「私」にチェンジしていくからと僕は思っている。「まだ終わらない」「話長いな」「いつまで続くんだ」「また同じ話に戻った」「要はこれを言いたいんだろ」「ほら、それを言いたかったじゃん」という具合に。

念のため言っておくが、場合によっては「要約」も必要である。しかし、それは、クライエントが求めている場合。ここでも主語はクライエントなのである。上記に記載したソーシャルワーカーの心のぼやきは、あくまでソーシャルワーカーが主語。「言いたいことはこれでしょ?要約してあげるから」といった、「利他」を実践しているようで、「利己」的な行動となっている。

小川公代『ケアする惑星』では「利他」と「利己」について書かれていた。

ディケンズの小説世界では、「他者」の声に耳を傾ける行為と対照的に、「他者」の声を聴かない誤った「利他」がリアルに描かれてる。「自己」が「他者」に遭遇するとき、どうしても「予測できるという前提で相手と関わってしまいがち」である。

小川公代『ケアする惑星』184頁

最後の「予測できるという前提で相手と関わってしまいがち」については、思い当たる人もいるのではないだろうか。正直に言うと、僕は該当するときがある。クライエントの話を訊いている際、話の結末が「予測」できるとき。何を一番訴えたいのか「予測」できるとき。必要な社会資源が「予測」できるとき。ついつい先回りして、説明してしまうときがある。そのときの僕は一番満足そうな顔をしているのだろう。主語は僕なのだから。でもクライエントの表情をよく見てほしい。満足とは程遠い、落胆かつ諦めの表情を。「私の話を最後まで訊いてくれ」と心の叫びが聞こえてくるようである。

偽善の「利他」は、時に他者を傷つける。だから「あなたのことを理解している」という慢心は一旦捨てよう。「あなたのことを理解できないのです」だから、「あなたのことを教えてください」。この訊くスタンスで臨みたい。しかし注意が必要なのが、一方的に話を訊くのではないということ。「お尋ねしながら訊く」ことが大事なのだ。要は、「あなたの話を聞きながら、私のことも話します」という、お互いに作用し合うことが重要だ。

一人でポッドキャストを収録しているわけではない。せっかく相手が目の前にいるのだ。質問に答えるのが基本ではなく、会話を構築しながら相互作用をすることで、クライエントとソーシャルワーカーとの関係性はフラットになっていく。そこにはヒエラルキーは存在しない。そうなれば、クライエントのことをありのまま知ることになり、ありのまま理解していくことになる。それはクライエントから「教えてもらう」ことにつながるのだ。

目次

モヤモヤ対話の実際

4月のSocial Good Circleでは、3つのチャプターについて語り合った。

新年度を迎えての環境の変化

新年度を迎え、参加者の中には職場環境が変わった人がいた。Aさんは病院から大学に移り、学生への対応に戸惑いを感じている。学生一人ひとりの背景を理解し、個別に対応する必要があることにモヤモヤ。Bさんは、長年、職場に社会福祉士の同僚がいなかったことから、自分のやり方に自信が持てず、アドバイスが欲しいと感じていた。

私が学生の頃は自由奔放というか、放置されていたような感じだったんですけど、現代は「ここまで教員が配慮しなくてはならないのか」という戸惑いを感じるときが多いです。でもいまの時代、画一性に指導していくのじゃなくて、もっと生徒一人ひとりに対する背景だったり個別性とかにも配慮しながら、生徒が不利益にならないようきめ細かい指導をやっていく必要があるんだとも感じています。まさにソーシャルワーカーですね。

対象者や環境の変化に伴う課題

参加者の中には、対象者や環境が変わったことで課題に直面した人もいた。Cさんは病院から障害分野に移り、クライエントの特性が変わることで、関わり方や言葉遣いを変える必要があると語っていた。Dさんは4月からケアマネジャーに加え、新たに放課後児童指導員になり、子供たちや保護者との対応に戸惑いを感じている。Eさんは、独立開業して地域のニーズに応えようとしているが、マネタイズが難しい状況にあることを語っていた。

本当に細かいことなんですけど、病院勤務のときは自分のことをずっと「私」って言っていたのが、いまの職場では固すぎてうまく伝わらなかったりして、「僕」って言うようになりました。でも支援者の方と話すときも「僕」になってしまったので、ソフトすぎるかなと思っています笑。言葉一つとっても結構悩みますね。

仕事と生活の両立

仕事とプライベートの両立に悩む人もいた。フリーランスのEさんは、組織に所属していた頃と比べて自由度が高まり、ゆとりを持って仕事ができるようになったと語っていた。一方でFさんは、クライエントへの関わりから気持ちが落ち込むことがあり、仕事と自分の問題を切り離すことが大切だと感じていた。

一人職場だと色々とモヤモヤしたりするんですけど、このような場(Social Good Circle)で話すところがあると、少し気分的に楽になるなと思います。何か自分を律しすぎると疲れちゃうなっていうのはありますね。なんかうまい具合に抜けてたり、わからないものはわからないって言ってる方が、回り回って本人(クライエント)のためにもなるんだなと思っています。

「○○すべき」という呪縛からの解放

Social Good Circleでのテーマは多岐にわたる。今まで支援していた対象者が学生に変わることで、接し方やどこまで対応すべきか、そして学生の個別性を知っていくうちに、学生生活を継続できるための配慮や支援などの必要性に気づく。

そこから対話の枝は、支援者自身の環境変化に分岐していく。転職や異動によってクライエントは変化する。当然、対応方法も変わるが、支援者の戸惑いや苦悩に支援者自身が気づくことも大切であると感じた。環境が変化することは「早く慣れなければ」「初めからミスをしないように」など、『〇〇しなければならない』という自己暗示をかけがち。それは暗示(というより呪縛)は、自らの行動を奮い立たせることにもなるが、「頑張りすぎ」から疲弊を増大させ、バーンアウト(燃え尽き症候群)へとリスク変換される「諸刃の剣」でもある。

少しだけ僕の経験を書く。社会福祉士として働き始めたのが32歳。新卒者に混じって新人研修もみっちり受けた。いざ働き始めると、同じぐらいの年齢の職員はほとんどが中堅職員。正直焦る。「早く慣れなければ」「早く結果を出さなければ」「早く出世しなければ」との呪文を繰り返す日々。あるとき、患者の家族とトラブルになった。原因は、退院時期について。家族は「まだリハビリはできないのか。この状態での退院は不安が残る」という訴えに対して、「退院日は先日お伝えした通りです」と杓子定規の応答。家族の不安・焦燥感・悩み・要望など一切無視。僕は完全に組織の都合を押し付けていた。

組織に属している人間として、組織の利益を損なうことは「組織人」としての従属性が低下する。するとどうなるか。組織からの評価が下がるということ。それは昇進にも影響するだろう。僕は社会福祉士に成り立ての頃、とても焦っていた。「早く昇進して同年代の職員と肩を並べなければならない」という、一種のマインドコントロールをかけていたと思う。今思えば、一念発起して大学に入学し、苦労の末国家資格を取得したのだ。「ここから生まれ変わるんだ!」と叫んでいても過言ではない。しかしその気負いは、すべて「利己的」になっていた。

僕の行動にクライエント(本人や家族)はいなかった。組織の都合を押し付けた結果、家族とのトラブルが激化。僕は担当を外されることになった。なぜ…と落ち込む日々。

僕はあまりにも「〇〇しなければならない」という、自己暗示が強かった。それは「組織のために、〇〇しなければならない」という接続詞がつく。組織のために…組織のために…組織のために…。まさに呪縛。そして「自分への還元」を胸に抱いて。組織からの評価はときに自らの行動を抑制する。ミスをしたくない、見せたくないから、画一的な行動になる。要は枠にはめてしまうことで、可視化しやすくするのだ。誰に?評価してくれる組織に。

この一件以降、緊張の糸が切れた。仕事は続けていたが、自分が何のために働いているのかよくわからなかった時期だったと記憶している。糸が切れた凧とはこのことか。でも、それでいいのではないかと、ある日ふと思う。それは突然だった。海でトンビなのかカモメなのか僕には区別がつかなかったが、鳥類をボーと見ているときに思ったのだ。「糸が切れてもいいじゃないか」と。そのように考えると気持ちがすごく楽になった。僕は僕であり唯一無二の存在なのだ。組織の顔色を窺い、右往左往するのはあまりにも組織に従順すぎた。しかしその従順さで心身ともに支配していたのは、紛れもなく僕自身。僕の心理状態と転職したばかりという環境因子が、不幸にもスクラムを組んでいたのだ。

それからというもの、面接に入る前は「主語をクライエントへ」と一旦唱えるようになった。これは呪縛ではない。おまじないのようなもの。自分は誰に向けてソーシャルワークをするのか、一旦立ち止まることを意味している。

「〇〇しなければならない」という呪縛は、一見自分では気づかない。目の前のことに一生懸命だからだ。視野が狭窄しているのだ。僕みたいに失敗して気づくこともあれば、周囲から声をかけてもらうことで、自分が置かれている心理状態を俯瞰できるタイミングがあると思う。できればバーンアウトする前に気づきたい。

そのためにも「対話」はソーシャルワーカーにとって、とても大切なことだ。対話はさまざまな価値を提供してくれる。僕は「心の栄養補給」と捉えている。一つだけ条件をつけると、単に他者と話すだけではなく、自分が言いにくいことを穏やかに訊いてくれる、心理的安全性が担保された場所で話してもらいたい。「こんなことを言ったら否定される」と思って話すと、自分をよく見せながら話してしまいがち。そうではなくて、否定も助言もされず、ただただ訊いてもらい、そして「私はこう思ったよ」というフィードバックをもらえる対話の場は、安全に話せるだけではなく、ソワソワ・モヤモヤしていた気持ちが浄化されることにつながる。対話を通して、「〇〇すべき」という呪縛から解放される。

Social Good Circleの紹介

Social Good Circleは月1回開催している、支援者の支援者による「モヤモヤ・ダイアローグ」。オンライン開催だから、場所も費用も負担なく参加できる。もちろん参加費は無料。

Social Good Circleでは、心理的安全性が担保されているため、とにかく話しやすい雰囲気を作り出している。従来の事例検討会のように、「追い込まれることで言語化できる」なんてことは一切ない。否定も助言もしないのだが、話を訊いた参加者も自らのモヤモヤを語るスタイルとしている。

気になる方は、下記のリンクより詳細を見ることができます。

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この記事を書いた人

平畑隆寛のアバター 平畑隆寛 ヒラハタタカヒロ

社会福祉士事務所 FLAT代表。アパレルバイヤーから社会福祉士へジョブチェンジした風来坊を自認。普段は成年後見受任や研修講師のほか、Webライターとしても活動している。月1回開催の、相談援助職が安心してモヤモヤを語れる場「Social Good Circle」を運営し、支援者のバーンアウト予防にも取り組む。「The Salon Times」では、記者+ライター+編集長の役割。

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