『反抑圧的実践のはじめ方・続け方』を読む②──「当たり前」をほどき、関係性を編み直す

僕は、独立型社会福祉士として主に成年後見業務に携わっているが、非常勤のケアマネジャー(介護支援専門員)にも従事している。ケアマネジャーとは、介護が必要な人やその家族の相談に応じ、本人が希望する生活を送れるよう支援する専門職だ。主な仕事はケアプラン(介護サービス計画)を作成し、デイサービスや訪問介護などの利用や関係機関との連絡・調整を行う。業務の中で、訪問介護の管理者や職員と関わる機会は多い。電話やメールで本人の状態や生活上困っていることなどを情報共有するだけでなく、サービス利用中に訪問し、本人と訪問介護の職員(ヘルパー)との関係性や実際の業務を見ることで、新たなニーズに気づいたりしている。

そのような中、ほとんどの職員が女性だという事実もある。僕は第3章(坂本いづみ・茨木尚子・竹端寛・二木泉・市川ヴィヴェカ・笠原千絵(2026)『反抑圧的実践のはじめ方・続け方──ソーシャルワークを導くあなたの北極星』現代書館.)を読むまで、ケアマネジャーに従事する中で「出会う訪問介護の職員がほとんど女性」という事実に、正直感心を寄せていなかった。しかし読み進めると、その事実にはジェンダーの問題はもちろんのこと、家父長制による規範や構造的抑圧によって、女性がケア労働に従事しなければならない構図となってることに、今まで「当たり前」と思って感心を寄せていなかった事実に対し、自分を恥じた。

3章を執筆された二木さんは、日本とカナダでの介護労働での経験を通して、僕が「当たり前」と思っていたケア労働の社会的構造を、インターセクショナリティの概念を用いて考察している。女性に多いケア労働の問題は、単なるジェンダーや階層性に集約するのではなく、「介護人材の確保」という視点で見た際、世界規模の抑圧構造にもなっていることに、正直驚いた。ケアマネジャーとして従事している僕は、訪問介護の職員はとても身近な協働者である。3章を通して、ケア労働を俯瞰的に捉え、僕としては身近な訪問介護に照らし合わせながら、僕なりにケア労働の社会的構造を理解していきたいと思う。

目次

3章 インターセクショナルアプローチを用いてケアとケア労働を考える(二木泉)

「インターセクショナリティ」は、2章(「反抑圧的実践のはじめ方・続け方』を読む①──自分は誰のためにソーシャルワークをしているのか)でも挙げているが、二木さんがこの語を安易に使うことへの警鐘も兼ねて説明しているので取り上げたい。

インターセクショナリティは、これまで「性別」「人種」「階級」ごとに切り取られておこなわれてきた研究や実践、教育の前提を覆し、その重層性や関係性や場所、時間による可変性があるものとする。(中略)この語を使うことで、複雑な関係性や、差別構造を理解したり、それを打開するための努力をせずに、「インターセクショナリティだから」などと言い訳したり、なんとなくわかったつもりになることは避けなければならない。(中略)インターセクショナリティを分析基軸として用いて、人びとの複雑性を理解するたっめには、批判的な思考をもちながら、一つひとつの事象を丁寧に紐解くなかで、背後にある構造と権力関係について明らかにしようと努めなければならない。(P70-71)

2章で初めて知った「インターセクショナリティ」であるが、概念が独り歩きして、概念と現場が乖離してしまうと、「インターセクショナリティ」という語自体が体をなさない。「重層性や関係性や場所、時間による可変性があるもの」とするならば、現場の複雑で混沌とした関係性や差別構造を、丁寧に知ることが必要だろう。

そのためには、「批判的な思考をもちながら、一つひとつの事象を丁寧に紐解く」こと。冒頭で僕が述べた「当たり前」と思っていたケア労働の社会的構造を、一旦立ち止まり、時間をかけて眺めてみて、「なぜそのような構造になっているのか」「その構造の背景や歴史は何か」と、批判的な思考をもちながら考えることが、インターセクショナリティのはじめの一歩なのかもしれない。

そのようなインターセクショナリティの概念を使い、「なぜ介護者には女性が多いのか」という問いについて、二木さんはこのように述べている。

特定の職業に女性(男性)が多い理由を考察する際には、職業が、人びとの置かれている環境、経済状況、教育、国籍、民族、障がいの有無、そして性別などによって、時に消極的に選択されていることを、改めて認識しなければならない。(P75)

着目したいのは「時に消極的に選択されていること」だ。特定の職業に就いている人が、すべてが積極的で前向きに選択されているわけではない。訪問介護も人によっては消極的な選択肢として、「しかたなく」選んだ職業かもしれない。その背景として、性別以外に経済状況や教育などが起因していることを、批判的意識化のもと知る必要がある。

ある施設の介護職員と話をした際、ふと今の仕事を選んだ経緯の話になった。その職員は「介護だったらすぐ就職できるだろうと思って」と言っていた。介護職員の前は、ある程度の規模の会社で営業職をしていた。結婚後も続けていたが、離婚後、残業が常態化している会社では子どもを育てられないと考え、残業がほとんどなく、すぐ就職できる仕事として介護職員となった。その職員の置かれている環境によって、介護職員を選択した背景は、離婚や子育てといった多様なアイデンティティの集合体が起因している。そしてこれらの背景は、直接話を聴かないと知り得ないことであるし、断片的な情報を統合することによって、その職員のインターセクショナリティが浮かび上がってくる。

介護の現場は、実にジェンダー色が濃い業界だとつくづく思う。ケアマネジャーの依頼による情報の一つに、「男性か女性か」がある。多いのは「女性のケアマネジャー」への依頼。高齢者が男性でも女性でも「女性のケアマネジャー」を希望する案件は多い。訪問介護でも同様のことが言える。訪問介護を導入する際、例えば、入浴介助で介入する際は可能な限り同性介護者となるよう配慮するが、米などの重量物の買い物といった生活援助中心であれば、男性職員のほうが支援しやすい場合がある。よって、どのような支援をするかで、結果的に、女性なのか男性なのかの選択肢が出てくる。

しかし、支援の行為によってではなく、高齢者やその家族が内面化している規範性によって、女性か男性かを選んでいる場面も散見される。それについて二木さんの文章が腑に落ちる。

なぜ人びとは女性によるケアを望むのだろうか。それには女性が、これまで「母」や「妻」や「近所のおばさん」としてケアする役割を担ってきたことが関係しているのは間違いないだろう。家庭内、地域、会社などで「お母さん」としての役割を担ってきた女性に対しては、他人であっても身体的なケアを委ねることができるようだ。また逆に男性にやってもらうことへの抵抗感には、身体的に恥ずかしいという気持ちだけでなく、男性に介護をさせて申し訳ないという社会的規範が影響してると考えられる。(P79)

「家事や育児は主に女性が担うものだ」「女性は優しく、協調性や共感力が高い」といった、女性に関するステレオタイプだけではなく、そもそも女性が家庭内の無償のケア労働を担ってきた文化的責任によって、「女性に介護を受けたい」との認識が形成されているのだろう。また、「男性に介護をさせて申し訳ないという社会的規範」について、ケアマネジャーをしていると、時折聞くフレーズだと思い返す。介護もだが、看護でも同じことを聞く。男性の看護師が介入すると「男性にこんなこと(看護業務)をさせてはいけない」と語気強めに言われたことがあった。その高齢者の心理は、「ケアは女性が担うもの」という規範性が内面化していたのだろう。

介護業界において、女性がいい、男性がいい、といった選択的余裕はない印象だ。どの事業所も介護人材不足で嘆いている。訪問介護は特に顕著で、倒産件数は10年前に比べると倍増しているとのデータもある。倒産の主な原因として、基本報酬の引き下げや原油高が挙げられるが、特に深刻なのは人材不足が影響している。

そこで国は外国人による人材獲得政策を推し進めている。2019年はわずか19名だったのが、2025年には約65,000人まで増えている。しかし、人材数が増えれば人材不足が解消するほど、単純な問題ではない。国内で介護職員として働けるまでに、住居や日本語教育および費用の問題など、ハードルはいくつも存在する。外国人が日本を働く場所として選んでくれるか、継続して働いてくれるのか、人材獲得競争はもうそのようなフェーズに入っているのが現状だ。

加えて、外国人を単なる「人材」として捉えることに違和感を抱く。インターセクショナリティの視点から考えると、外国人一人ひとりのアイデンティティがあり、それはもちろん多様で複雑だ。

日本を含むグローバルノースの国々でケア労働を担う外国人は、「人材」という顔の見えない存在ではなく、それぞれが母国に家族のある母であり、妻であり、子である。私たちが「外国人介護人材」と呼ぶとき、その裏に何重にもわたる螺旋のように続くケアの連なりが存在することを、想像しているだろうか。(P85)

僕が訪問する施設にも、外国人が介護職員として働いている。支援を受けている高齢者に聞くと、その職員の名前(Eさんとする)を言いながら、「Eさんは、自分の国に小さい子どもが2人もいるのよ。(Eさんの)おばあちゃん(母のこと)がお世話してるって。外国まで出稼ぎに来てて大変」と教えてもらった。

母国では母として子育てをしていたEさんが、訳あって来日し、外国人介護人材として働いている。母国にいる子ども2人は、Eさんのお母さんがケアを担っている。僕たちは、外国人介護人材としてのEさんがクローズアップされるが、Eさんの背景には母という顔があり、子どもを母国に残してでも日本での介護人材を選ばなければならなかった、何らかの合理性が存在している。そこに気づくことで、外国人に対する構造的な差別や抑圧にも俯瞰して捉えることができるのではないだろうか。

今後ますます、外国人介護人材は増えることが予想される。そのとき、外国人をインターセクショナリティの視点で、多様で複雑な存在であると認識し、そこに見え隠れする構造的な抑圧や差別にも気づくことができるか。「グルーバルな規模で共通項をもつ」という言葉に、何度も頷く。

4章 大学のなかで知的障害者と協働するということ──いい子をやめた(い)当事者たちからアライになるきっかけを学ぶ(笠原千絵)

成年後見や刑務所でのソーシャルワークに従事していると、知的障害のある人たちと関わる機会がある。本人の断片的な意思を汲み取り、環境や関係性によって変化する意思を関係者から聞き、それらの情報を本人も含め統合していく過程は、骨は折れるが意思決定支援に携わっている感覚はある。しかし、それらの取り組みは、「支援者/支援対象者」という枠組みの中で、展開されている行為であり、「人として出会う」関係性として、知的障害のある人たちと関われているか、話を聴いているかは胸を張ることはできない。

では、どうしたら知的障害の人たちと「人として出会う」ことができるのだろうか。それについて笠原さんは、大学教員として知的障害のある人たちとともにおこなってきた授業実践を例に、受講生の感想を整理しながら、アライになるとはどういうことかを述べている。

笠原さんは、知的障害のある人たちの自主活動グループ「i-LDK」や「学びの会」との出会いを契機に、勤務先の大学でともに学ぶ授業実践を展開している。その一つが「超大学」であり、障害の有無や年齢、立場を超えて双方向に学びある場として位置付けられている。また、「学びの会」が考案した「くらしのちぐはぐ研究室」では、知的障害のある人が暮らしの中で感じる「ちぐはぐ」を起点に、自分や周囲との関係を捉え直す。これらを通して、固定化された障害者像を問い直し、互いに「人として出会う」学びを目指している。

つまり、「くらしのちぐはぐ研修室」は、今まで「しかたがない」とあきらめてきたこと、多くの知的障害者が内面化してきた、もしくは知的機能の制約により内面化すら難しかった差別や抑圧の表現である。(P102)

日常生活で抱く「モヤモヤ」を、当事者自らの言葉で表現する場というのは、学生にとってセンセーショナルな印象を抱くだろう。そもそも、当事者同士で共有することはあっても、大学という場で大学生とともに「モヤモヤ」している問いを投げかけることは、「アドボカシーに基づく支援である」とも言える。また、このような実践は、障害者と学生との関係性にも影響を与える。

手探りの状態のなか、学生の関心は「知的障害者とうまくコミュニケーションがとれるか」という機能障害に着目した知的障害者との関わり方に焦点化しがちだった。しかし、メンバーからの「大学に入って一番良かったことはなんですか?」という質問が状況を変えた。(P103)

僕は社会福祉士養成校の実習巡回指導も担っているのだが、実習計画書には必ずといっていいほど、「クライエント(当事者)とのコミュニケーション」というフレーズが並ぶ。実習生(未来の社会福祉士≒支援者)として、当事者とどうコミュニケーションを取れるか、理由はアセスメントのためという、「支援者/支援対象者」という要請カリキュラムをそのまま内面化しており、そのため実習生が聞きたいこと、聞かなけれなならないことを一方的に聞く構図になってしまう。

そこに、「大学に入って一番良かったことはなんですか?」と質問されると、急に主体が実習生(私)になるため、驚きとともに返答がしどろもどろになる場合も想像できる。僕は日頃から大切にしていることは、うまくコミュニケーションは取れなくていい、と思っている。時に汗をかきながらでも、「支援対象者」ではなく、「人としての出会い」を基軸に対話できるよう心がけている。続けていると、ある時期から関係性が良くなった場面もあった。それが、「アライになる」ということなのだろうか。

そこで、本書ではアライのキー概念に沿って、受講生の感想を整理している。概念は4つ。①抑圧構造の認識、理解に関すること、②自分の社会での立ち位置についての省察と批判的意識化、③自己変革へと続く成長のための立ち止まり、④人と人として継続した関係性を築く、である。概念の説明だけだと抽象的でリアリティを感じにくいが、受講生の感想と結びつけることで、「アライ」という言葉が自分ごとのようにかたち作られる。

第1 抑圧構造の認識、理解に関すること

アライになるための第一歩は、社会的な差別・抑圧構造を認識することであり、個人的な生きにくい経験を構造的・政治的な問題と結びつけ、大きな図式を見ようとすることである。(P105)

1章において、「AOPの4つの概念・視点」で取り上げたこととリンクする。まずは個人の責任として安直な括りにせず、その生きにくさを招いている社会的な差別・抑圧構造を認識することから始める必要がある。そこには歴史的背景も起因していることがあるため、俯瞰して捉えることが大切。

受講生の感想からも、「あなたが掃除したらよけい汚くなると同僚からいわれた」など、障害者に対する暴力やハラスメントが存在する社会。障害者雇用における企業側の利益優先。「自立が共生社会につながるのか」という障害者雇用政策が、誰のための政策なのか、「制度に内在する課題」に気づくことが、アライになる第一歩になる。その気づきは、「超大学」による当事者の声によって、問いかけてくれるのだろう。

第2 自分の社会での立ち位置についての省察と批判的意識化

自分が何者であるかを知ること、それを社会構造に関係づけて省察することであり、自分のもつ特権と抑圧状態について思いをめぐらせ、構造的変化への一歩を探ることである。(P106)

当事者の声を聴き、その声を自分自身に存在する「特権性」に問いかける。「当たり前」と思っていることでも、当事者にとっては「障害を理由にするもの」によって、理不尽さを経験したりする。「私の生活の『あるある』ではない」という受講生の感想は、「あるある」ではないけれども、当事者にとっては「あるある」であり、なぜ私にとっては「あるある」ではないのか、そこに「自分には特権がある」と認識し、批判的意識化で問い直す必要がある。

第3 自己変革へと続く成長のための立ち止まり

自分の特権性への気づきや、差別体験など衝撃的な体験をすることで、抑圧構造をより明確に理解できるようになることだ。(P106)

受講生の感想にあるように、「常にまわりを気にして競い合ったり社会の規範に乗らなければならないという見えない圧力にさらされているという点で、無意識のうちに決められた枠に捕らわれているのだと気づかされた」という声は、当事者が受けた差別体験や社会構造を知ることで、「じゃ、自分はどうなんだ」と、置き換えて問い直している。

自身の特権性を知り、でも健常者だから抑圧されていないか、ということは決してなく、今まで「当たり前」と思っていたことが、当事者の声を聴くことで批判的に捉え直し、その立ち止まりが自己変革へと導いていくのだろうと感じた。

第4 人と人して継続した関係性を築く

支援する側、される側といった上下関係をつくるのでも、自分を押し殺して相手のいいなりになるのでもなく、当事者からアライと認識されるまで関係性を継続し、批判的省察と意識化を続けること。(P107)

なんとなく「アライになる」ような体験は、自覚している。しかし、どのような実践を展開することで「アライになる」のかは言語化できなかった。それが、第4の概念をもとに腑に落ちた感じがする。「ステレオタイプ的な知的障害者像から、人としての見方につながった」と本書で書かれている通り、先入観や思い込みから離れ、さらに「支援者/支援対象者」という枠組みも捨てて対話をすると、当事者のストレングスを発見できるのだと感じる。

受講生の「社会に対する疑問をもつ尊敬したい存在」という感想は、フラットな関係性で当事者の声を聴いたからこそ、自然発生的に出てきた感想なんだと思う。支援者の立場でも、このような意識化を持つことで、「アライとなる」関係性が構築できるのではないかと考える。

最後に「unlearn(アンラーン)」という概念を用いて、知的障害のある人との授業実践についてまとめている。僕がこれまで学んだことを含め理解したunlearnとは、これまで「正しい」「当たり前」として身につけてきた知識や価値観をいったんほどき、問い直す学びである。単にほどくだけではなく、自らの特権や抑圧構造にも目を向けながら、他者との対話や揺らぎを通して、現在から未来のあり方を新たに編み直していくプロセスだと捉える。

これらのプロセスを実行するためには、仲間の存在が不可欠だと述べられている。

こうした学び、あるいはunlearnの環境をつくり出すには、省察の内容を安心して表出できる環境が必要である。(中略)そのため、モヤモヤを非難ではなく批判的思考の手がかりと理解する共通認識や、混乱や戸惑いを受け止め表出を励ます雰囲気、そしてともに北極星をめざす仲間が必要だ。(P114)

僕が開催している、支援者同士のモヤモヤを語り合う場「Social Good Circle」も、unlearnの環境をつくり出す場所なのではないかと思う。「否定しない・助言しない・解決しない」を基本軸に、参加者同士が対等な立場で迷いや葛藤を語り合う場は、支援者としてのアイデンティティを再確認する点に特徴がある。地域や所属組織を超えて参加できることで、仲間づくりにも寄与している。これは、まさに北極星をめざすことにつながるのではないだろうか。

ここまで学ぶ中で、unlearnという学びは、一人ではしんどく継続性が困難だと認識する。当事者の語りを聴き、その背景にある社会的抑圧構造を俯瞰しつつ、自らの特権性にも批判的意識化を持って、アライとなるよう関係性を築くためには、支援者側も支援(ここではケア)を必要とする。だからこそ、仲間の存在は必要であり、でもその仲間づくりは一朝一夕にはできないから、普段、風通しよく語り合えているかが肝かもしれない。

応援してもらえると嬉しいです!

この記事を書いた人

平畑隆寛のアバター 平畑隆寛 ヒラハタタカヒロ

社会福祉士事務所 FLAT代表。アパレルバイヤーから社会福祉士へジョブチェンジした風来坊。普段は成年後見・ケアマネジャー・受刑者支援・まちづくりなどに携わりながら、2026年より兵庫県立大学大学院生で研究に勤しむ。オンラインで支援者が安心してモヤモヤを語れる場「Social Good Circle」を運営し、支援者ケアや専門職の問い直しにも取り組む。

コメント

コメントする

目次